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私を殺してそれからちゃんと一人で死ねるのか
明日、実家に帰ります。
日曜日が四十九日です。



もうそんなに経つんだなぁと思う。
今でも新鮮な悲しみに襲われる夜は多いけれど、
例えば1年後には、もう少し元気になっているのかな。

研究室で、
人はいつ死ぬのかという話をしている人がいた。
人は、忘れられたときに本当に死ぬのだという言葉があって
多分そうなんだろうなぁと思うけれど
でも物理的な死は厳然と存在していて、
だから「心の中に生きてる」的な慰めは
気持ちが悪くなるくらい嫌いだ。
自分がそう自分に言い聞かせる言葉としては、
仕方のない表現だと思うけれど、
人からそう言われると、悪意なんかないのわかってるけど、
「わからないくせに」って思ってしまう。
そもそも慰められて癒える傷でもないけど。

死んでしまったという実感が、本当に湧いたのは
火葬の時だった。
それまでは、棺のなかにいる父の顔はとても奇麗で
本当に眠っているように見えていた。
頭ではもちろん、死んでいるってわかってたけれど、
顔を見ていれば少し安心できた。
だけど、骨になった父を見たとき、
もうどうしたって戻ってこないんだと思ったら
どうしようもなく苦しくなった。
あのとき初めて、弟にすがって泣いた。
泣き崩れてぼろぼろになる私を支えながら
「大丈夫、大丈夫だから」と言って私の頭をなぜた。
いつの間にか背が私と同じくらいになっていた弟を
初めて、少しだけ逞しいと感じた。まぁ普段はきもいけれども。
そしてその骨はばらばらになって、壺につめられた。
なんて残酷なんだろうと思った。
こんなに小さくなってしまったなんて信じたくなかった。
肋骨の辺りだけがぼろぼろになっていたのを見て、
父の体がおそろしい病に蝕まれていたことを
改めて知った。

どこにいても生きている実感なんて無いけれど、
死ぬ元気もない。
そういうものなのか。
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